いだてん東京オリムピック噺

大河ドラマ「いだてん」の第18話「愛の夢」の、あらすじと感想をお届けします。

今回は、金栗四三の周囲の人間が多く描かれていて、興味深いです。

四三は大正時代、プロスポーツ選手として随一の存在だったのですが、それも支援する人達がいたからこそ、ということがよくわかります。

また、朝太こと孝蔵が、またもや厄介ごとにはまりこむ話も見逃せません!

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大河ドラマ「いだてん」18話のあらすじ(ネタバレ)!

暴走する四三と、美川・小梅のトラブル

東海道駅伝の成功後、「暴走機関車」となった金栗四三。
東西対抗戦や富士登山競争など、次々に走る企画で日本全国をにぎわせている。

同時期にスヤは懐妊し、熊本でも喜びの声が上がる。
夏休みには帰省するつもりの四三は「国家のために丈夫な子供を産んでくれ」と書き送る。

一方、旅巡業から帰京した孝蔵は、早速トラブルに巻き込まれていた。
それというのも、お騒がせな遊女・小梅と遊び人になってしまった四三の学友・美川のせいだ。
2人は播磨屋に転がり込んできて、美川を四三のもとにかくまってほしいと頼み込む。
仲良く駆け落ちしていた2人だったが、何と小梅には“旦那”のやくざ者・徳重がついていたらしい。
小梅は嘘も方便で徳重に「あたしは朝太に惚れてんのさ!」とタンカを切ったとのこと。

清さんが孝蔵を無罪放免にする役を買って出て、四三は仕方なく美川を引き受ける。
「阿蘇の女は情が深い」などとうそぶく美川は「竹久夢二みたいな美人絵画家になる」などと、相変わらず口ばかりだ。
2階の窓越しにシマにちょっかいを出し、にらまれるのだった。

女子体育の黎明期

「女子体育の歩み」と、昭和の志ん生師匠が銘打ち…五りんに話を振る。
仕方なく五りんが「どういうわけか師匠が引っ込んでしまったもんで」と話を進める。

「花顔柳腰」が一番とされた当時の美人像には、体育は似つかわしくないとされていた。
芸者界でも「不細工になるから運動禁止」と言われていたくらいだ。

五りんの彼女・ちいちゃんが示した当時の女子体育の衣装は…。
露出禁止で、袴にたすき掛け、革靴という体育とは程遠い格好だ。
「動きづらいし息も苦しい、ツイストも踊れません!」と、ちいちゃん。

二階堂トクヨ先生の発案で改革された後の服装は…。
スカート風の紺のチュニックにブラウスで、上品ながら軽装だ。
「可愛くて動きやすい、足も上がる!」と、ちいちゃんも大喜び。

トクヨは息苦しい和装では「女子は若くしてバタバタ死ぬ」とまでいい放ち、播磨屋に生徒分のチュニックを発注するのだった。
体育の授業内容も、ダンスを取り入れて優雅な運動になっている。
ピアノ伴奏つきで「月のしずくのように」と踊る生徒たち。
「何ですかこれは、ハレンチな!?」と永井先生が怒鳴りこんでくるものの…。
留学先のイギリスで学んだことを取り入れ「女子の体育は女子の手で!」と張り切るトクヨ。
「子を産み育てる女性にふさわしい優雅な体育を!」がトクヨの目指すところだった。
呆然の永井先生だ。

しかし、それでも物足りないシマ。
早朝に、足袋で四三のように走ることを試みていた。
裾をからげ、たすきがけで走るシマ。
しかし、やはり和装では苦しく、少し脱ぎ捨てて走るものの、息が切れてしまうのだった。

第3勢力まで時流が進むと、女子体育の改革を2年半アメリカで学んだ可児徳先生が担当することになる。
男女での社交ダンスを取り入れ「女であることに自信を持ちなさい!」と、男性との体型の違いを当たり前として指導する。
「黙れ半かじり!」と陰口をたたく永井先生とトクヨだった。

スヤの煩悶、走り続ける四三

播磨屋の辛作にチュニックを分けてもらったスヤ。
軽装を喜ぶものの、上京しても相変わらず四三は不在で、ほったらかしだ。

ヒモ式のマラソン足袋を作りつつ、辛作が「あいつはスースーとハーハーしか言わんから」とスヤをなだめる。
身重の体で熊本から来たスヤは、四三と弟子の秋葉が「下関から東京まで1200キロを走る」旅に出ているのを知らなかった。
ゴロゴロして絵を書いている美川に「何を考えてるんでしょうね!?」と愚痴る。
「美川に言ってもしょうがなかバッテン」と繰り返しつつも、四三に雑に扱われることに焦れているスヤ。

美川は勝手に読んでしまった四三の日記ノートを持ち出す。
そこには、四三がスヤの夢を見たことがつづられていた。

オリンピックが開催され、四三は金メダルを取り、先生方、友人や外国の選手仲間と祝賀会を開いている。
ドイツ語で挨拶する幸せそうな四三は「私のフラウ」とスヤを紹介する。
西洋の白ドレスで美しいスヤは大いに祝福を受け、四三はスヤにメダルをプレゼントする……という夢だ。
「金メダルよりふさわしきものなし」とスヤをホメる話に、胸があったかくなるスヤ。
「スヤと生まれてくる子のために夢をかなえたい」との文章を胸に、熊本へ帰っていく。

行き違いに帰宅した四三。
足袋を脱いだところで辛作に話を聞き、大急ぎで追いかける!
電車よりも早く走り、追いつき、乗り込んでくる。
「さすが金栗選手、市電より早かね」とスヤ。
スヤの体の調子を聞き、何かを差し出す四三。
金メダル…ではなく、安産のお守りだった。
お守りを抱きしめ、裸足の四三を見て、優しく笑い転げるスヤだった。

「吸ってすって、吐いてはいて」と出産に臨むスヤ。
頭には四三の走る姿がある。
大正8年4月28日、長男は「正明」と命名される。
四三と秋葉は下関・東京間1200キロを無事走破。
しかし、四三は約束の夏にも帰省せず、スヤは許すも、幾江は「調子に乗るな」と怒るのだった。

一方、播磨屋。
辛作は釈然としないままヒモ仕様のマラソン足袋を作成。
しかし長時間の走破のためにと、四三は「ゴム底」を提案する。
「受け入れられない」と怒る辛作だったが…。

大正8年、ついに四三が日光・東京間のレースを思いつくに至って、ゴム底の足袋を差し入れる。
生徒は駅伝形式だが、四三は130キロを1人で走り続けるというものだ。
完走した四三の足袋は…無事擦り切れずにゴールできて、大喜びの辛作だ。
「もう日本に走る道はなか、燃え尽きた」という四三だった。

孝蔵の出奔と、良い知らせ

一方の孝蔵。
「これで話がついた」と、清さんが人差し指を示す。
ほとぼりが冷めるまで、1年東京から離れているという約束で、徳重と手打ちにしてくれたというのだ。
「(小梅を)寝とってはいないのに」と文句を言いながらも、お礼を言って従うつもりの孝蔵。
「腐るなよ」とアドバイスし、酒をおごってくれる清さん。
孝蔵が噺家として日本一になるのを信じているのだ。
「走れ!」と、ちょうどやってくる徳重一味を、体を張って引き受けてくれる清さん。
雨の中、駆けだす孝蔵だった。

大日本体育協会では嘉納治五郎先生が焦れていた。
治五郎先生発案の、神宮外苑にスタジアムを建設する件が一向に進まないのだ。
「日本の体育競技には入れ物が必要」と治五郎先生。
いずれオリンピックも呼ぼう!という野望に、驚く野口源三郎。

そんな折、校長宛にフランスから手紙が来る。
「督促状では?」とのイヤミが飛び交う中、開けてみると…。
クーベルタン男爵からの親書で、8年ぶりのオリンピックへの招待状なのだった!

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大河ドラマ「いだてん」18話の感想

四三は結局、走ることしかせずに8年間を過ごしてしまったのですね。
「調子に乗るな」という池部の奥様の気持ちが、すごくよくわかります。

スヤもいい加減、四三の自分に対する扱いに焦れていたわけですが、よもや、はぐれ者になった美川が、四三とスヤの危機を救う役割をするとは、面白かったです。
四三は美川から写真を隠そうとしていましたが、美川はちゃっかり日記まで読んでしまっていたのですね。

美川と小梅のこともずっと気になっていたのですが、まさかヤクザの旦那を孝蔵に押し付ける形で駆け落ちしているとは、ビックリでした。
あと、播磨屋さんは、ほぼほぼ靴屋になっているなぁ、と思いました!

女子体育の変革が面白い!

女子体育の黎明期が面白かったです。

トクヨ先生がかなり体育教育に先進的だと思ったら、更に次の流行の交代があって、その先駆者が可児先生なのには、笑えました。
その変化を、ちいちゃんのファッションショーと、運動好きなシマの葛藤で描いている演出も、気が利いているなあと思いました。

袴からチュニックへの変化は画期的でした!
確かに、女子の和装は体育には向いていないですよね。
今の柔道や剣道の衣装は、当時に比べればずいぶんマシになっているのだなあ、と感じました。

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