いだてん17話のあらすじネタバレと感想!金メダルの代わりに駅伝を?!

大河ドラマ「いだてん」の第17話「いつも二人で」の、あらすじと感想をお届けします。
ベルリンオリンピックが戦火で無期延期となり、目標を失って失意の金栗四三を、地元の妻・スヤが支えます。

単に「帰ってきてください」とは言わないあたりが、スヤの強さであり魅力なんですよね。
それでは四三の新しい目標「駅伝」を追いかけて見ましょう!

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大河ドラマ「いだてん」17話のネタバレ!

失意のいだてん・四三

大正4年6月。

体育協会に呼び出された金栗四三。
嘉納治五郎先生は、まずは四三の功績を讃え…そして、ベルリンオリンピックの中止を伝える。
欧州戦争の長期化による無念の事態に、よろけて座り込む四三。
涙ぐむ治五郎先生、自室で荒れる四三だった。

熊本。
スヤは新聞記事「第六回オリムピック開催無期延期」を読んで、上京をきめる。
池部の奥様・幾江は「スヤとマラソンどっちが大事か聞いてみなさい」と言い、四三を連れて帰ってくるよう勧めるのだった。

東京
「オリンピックをよそでやればいいのに」と語る清さん。
野口・橋本をはじめ、学友たちが心配して四三をたずねてくる。
ドアを突き飛ばして部屋に分け入ると、すみっこで小さくなっている四三。
なぜ走るのか意義が見出せず、学友に無理矢理運び出される始末だ。

清さんは「贅沢言ってんじゃねーよ、俺たちはなぜどこを走るのか、決められないんだぞ」と、自分の身の上を語る。
「ばってん、走れんです」と、実家に迷惑をかけていることなどを、泣き出す四三。

ちょうどそこに来訪したスヤは、四三の頭から水をぶっかける!
「こんひと、水をぶっかけたら静かになりますけん!」というスヤ。

呆然とする仲間たちと…静かになった四三だった。

オリンピックは終わったのか?

スヤの差し入れを黙々と食べる四三。
スヤが帰るかと聞くと、首を横に振る。
「そんなら田植えがありますけん、私は1人で帰りますね」とスヤ。
「ダンケシェーン」と一応お礼を言う四三。

四三さんが金メダルを取ったらどれだけ喜ぶか、その顔がみたかったので応援をしている、と語るスヤ。
四三は、スヤと離れているのは寂しく、練習の合間に、スヤの夢を見たと、うじうじ話す。
「金メダルをとって帰郷したかったのに、悔しか」と四三。
「だったら、帰りましょうよ!」と、“オリンピックは金メダルをとって終わった”と思うように提案するスヤ。
しかし、笑えない四三。

「始まってもないもんが、終わるわけなか」と、真顔でスヤが代弁すると、子供のように泣き出す四三だった。

自転車でスヤが付き添い、四三は走り出す。
学友はスヤが妻だと全く知らず、いろいろ噂するのだった。

前回上京した時のことをスヤに謝り「帰れとは言わんけん」と言う四三。
しかし頭の中では、自分の引退後のことも考える。
自分に続くマラソン選手を育てることを考え始めたのだ。
「いだてんの卵を育てたい」と言い出す四三に、スヤは「金栗四三が50人いればいいのに」と冗談を言う。
「50人」を想像し、飛び起きる四三!

興奮して治五郎先生を訪ね、四三は「指導者になります!」と言い出す。
教職につき、後陣を育てるということだ。
「おいが50人おったら、金メダルも50個」と言い出す!
かなり楽しい想像をしている四三だった。
50人が1人10キロ走れば東京から大阪までの500キロだって走れると、アイディアを語る。
治五郎先生も「マラソンにも励まし合う仲間がいればいい」と賛同。
「東京から大阪まで走る50人を育てるために、僕は教員になります!」と四三。
オリンピックに代わる目標が見つかった四三を心から喜び、抱き上げる治五郎先生だった。

・ ・ ・

その頃の浜松。
田畑政治は医者にとめられて、泳げずにヤサグレていた。
茶々を入れに来た孝蔵が、愚痴をこぼす田畑を海に放り込む!
…と言う過去を寄席で語り、謝る志ん生師匠だった。

50人の四三が走るということ

大正5年。
神奈川師範学校に教員として勤務する四三は、地理を教えながらも、走りについても研究を重ねている。
東京-大阪間を走る「50人の四三」の夢に向かって、準備を始めているのだ。
シマの務めるミルクホールで次五郎先生と四三が相談していると、読売新聞の記者・大村と土岐が話に参加してくる。
京都から東京への遷都50周年を記念した運動会を考えているので、協力しようというのだ。

「ご意見番」こと、もと天狗倶楽部の吉岡信敬と再会する四三と治五郎先生。
東海道五十三次を「弥次喜多道中」のように走ろうと、話がまとまってくる。
夢にあふれる治五郎先生は、次なる目標として「世界に誇る競技場を作ろう」と言い出す。
いずれオリンピックを東京に招致したいという野心だ。
明治神宮の建設予定地を指差す治五郎先生に、吉岡は笑い、四三は「とつけむにゃぁ」と言うのだった。

大日本体育協会。
512キロの走破を説明する四三。
「そんなに走ってなんになる」、「事故が増える」との苦言ばかりに、うんざりした治五郎先生は「体育協会を解散するか?」と怒り出す。
読売新聞が主催なので反対する理由がないと言うことで話が進む。
江戸時代の五十三次を踏まえ“駅伝”はどうだろうと、福会長の武田千代三郎から上がる。
「東海道五十三次驛傳競走」だ!
「よかです!」と四三も興奮。

駅伝については新聞にも掲載され、最終ランナーは四三にと内定する。

日本橋から川崎へ抜けスタートする大レースに「女子も走りますか」とワクワクするシマ。
しかし、女子が真剣に走る姿など見たくない、女子は走るのに向いていないと言い出す面々に、シマは憤りを感じる。
「君たちはいずれ健やかな子供を生まないといけない、ムリしたら壊れるぞ」との治五郎先生の発言に、落ち込むシマ。
「二階堂トクヨ先生に相談しては」と勧める四三。
しかし二階堂は「マラソンは無茶、無謀。貧乏人のやる競技」と時代遅れであることを言い立て、シマを肋木につるすのだった。
その話に、四三はマラソンの魅力が伝わっていないことに腹を立てる。

スヤが洗濯しているのを見て、四三は「タスキをつなぐ」と言うことを思いつき騒ぐ。
また、旅の改良にいい顔をしない辛作に、スヤが口添えをしたりなど、仲が良いのだった。

・ ・ ・

その頃の熊本。
幾江は、実次のもとに怒鳴りこんでいた。
スヤが帰ってこないので「池部の家はお仕舞」と嘆いているのだった。

日本初の駅伝!

昭和35年。
志ん生師匠が高座で駅伝について語り、田畑政治が「俺は見たんだ」と後を継ぐ。

土岐記者の著作によると、エピソード満載の駅伝だったようだ。

浜名湖では嵐の中、選手を船頭さんが船で運んだり。

アキレス腱を切り棄権する選手が出て、急きょ2区間・40キロを走る選手が出たり。

走り終わった選手が徐々に走者に随行し、駆ける人数が増えていたり…。

・ ・ ・

大正6年4月。
3日間かけて東京-京都間を走り抜ける「東海道駅伝徒歩競走」の最終走者は金栗四三だ。
スタートから44時間後のことだ。
4月29日、午前10時5分、483キロ地点の川崎を出発する!

うれしそうに紫のタスキをかけ、日本橋に向かう四三。
ゴール地点に駆けつけ、大群衆をかき分けるスヤ。

盛り上がりと興奮に、主催者の新聞記者たちも驚きを隠せない。
吉岡が天狗クラブばりに「駅伝コール」を呼びかける!

午前11時、道路はあまりの興奮に、金栗選手が走る隙間もないほどだ。
清さんが先導のように交通整理をする!

スヤはゴールに向かう四三に声をかける!
勇ましい顔で、通過する四三。

未曾有の計画は成功し、46人の「いだてん」が走り抜けたのだった。

・ ・ ・

相変わらず実次に怒鳴り込む、池部の奥様…かと思いきや、今日は歓喜の表情だ。
スヤが懐妊したとのこと!
そのニュースに大盛り上がりの熊本…と、東京の四三。

朝から「でかした!」と大声で興奮するので、播磨屋の息子が後ろから水をぶっかけ、四三を大人しくさせるのだった。

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大河ドラマ「いだてん」17話の感想

中村勘九郎演じる金栗四三の、オリンピック中止を聞いた後の失望の表情から、駅伝の最終ランナーとしての誇らしげな表情までの変化が、とても分かりやすくて共感してしまう回でした。
影で支えているたくましい妻・スヤも、いい味を出していましたね!
「オリンピックは終わったと思おう」とのスヤのアイディアは、夫が何を大事にしていたかを理解する、ねぎらいの気持ちがとても伝わってくる話でした。
しかし、ひたすら四三の心配をしていたスヤに対し、立ち直ったら途端にマラソンの将来を心配するなんて、さすが四三は「いだてん」なんだなぁ、という感じです。
その後四三が、ちゃんと学友たちに「妻」のことを説明したのか、心配です。

駅伝は、金栗四三だけでなく、みんなのオリンピック金メダルの代わりだった!

「駅伝開催」のアイディアは、金栗四三だけでなく嘉納治五郎先生や大日本体育協会のことも救ったかのようでしたね!
実際には主催が読売新聞なので、資金の心配をしなくて良いことも、好都合だったといえます。

四三はストックホルム大会で棄権するしかなかったことを不名誉に感じていたわけですが、当時の日本は世界に挑んだ金栗四三が考えた「駅伝」を大歓迎したわけです。
つまりは、四三自身のことも、金メダル級に誇りに思っていたということですね。

また、元天狗倶楽部の吉岡信敬が、駅伝開催に貢献していたというのも、感動的なエピソードでした。
三島弥彦も顔を出してくれればよかったのになぁと、思ってしまいました。

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